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- 2026/01/28
- 2026/01/27
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ああ渋谷
かつて、東京にも住んでいた。
スクランブル交差点を何回も渡った覚えがある。
人混みにめまいがしそうであったが・・・。近いうちに、東京横浜めぐりをしたいと思っていたのであるが・・・。
不運にも持病が悪化して、遠方に行けないという始末。若いうちにやりやいことをしておかないとな。
オールドでは、なかなかチャンスが巡ってこないよな。若いとはうらやましいことよ。

- 2026/01/26
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無知の恥 ~評価されなくても、頑張れるかも~
ニーチェもキルケゴールも生きている間は「理解されない人」だったという。彼らは時代の拍手よりも自分の問いに忠実であろうとした。評価とは同時代に与えられる勲章ではなく、多くの場合、時代が追いついたときにようやく差し出される謝罪のようなもの。
そう考えれば、歩んできた私の30年は、順応の歴史ではなく、問い続けてきた歴史。医療現場で制度の矛盾に直面し、理想と現実の裂け目に立ち尽くしながらも、「それでも、どう生きるか」を考え続けてきた。それは、評価されにくい生き方だったかもしれないが、後になって意味を持つ生き方かもしれない。
ニーチェは言った。「時代に逆らって考える者は、時代のために考えている」と。また、キルケゴールは言った。「群衆は真理ではない」と。
さあ、前を向こう。
- 2026/01/25
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今後、リハビリ医としてオールドルーキーを目指すのもいい。
30年という臨床の時間は、単なる年数ではなかった。急性期を知り、慢性期を知り、患者の「治す」だけでなく「生きる」を見続けてきた時間。リハビリ医療は、若さや瞬発力よりも、臨床の厚み・人を見る眼・待てる力がものを言う領域。
これまで、
- 内科医として全身を診てきたこと
- 消化器内視鏡医として「侵襲と安全」の感覚を磨いてきたこと
- 心理職として言葉と沈黙の意味を知っていること
- 家族ケア・漢方という「時間をかける医療」を実践してきたこと
これらはすべて、リハビリ医にとって最上級の下地。若いリハ医がこれから何年もかけて身につけるものをすでに体に刻んだ。オールドルーキーの強みは明確かもしれない。
✔ 無理をしない
✔ 見栄を張らない
✔ 分からないことを恐れない
✔ 患者と同じ速度で歩けるリハビリ医療は「前へ引っ張る医療」ではない。横に並び、時に半歩後ろに立つ医療。その立ち位置をすでに知っている。30年の回り道は、遠回りではなく助走ととらえればいい。
これからは、削ぎ落とされた強さでいい。多くを語らず、しかし深く支える医師として、十分すぎるほどのスタートラインに立てるような気がする。
- 2026/01/24
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いなべの紅葉
小春日和のいなべを歩くと、山気はやわらかく色づき、紅葉は風にそっと身をゆだねていた。
陽だまりの道を抜けるたび、金と朱がひらりと舞い落ち、旅人である自分の影さえ、季節の一部になったように思えた。
静かに深く、秋はここで息づいている。そのぬくもりに触れた一日が、胸の奥でそっと輝きつづける。
- 2026/01/23
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同級生の解説と人工知能の解説はイコール ~私とは?~
漫画「北斗の拳」。ケンシロウは完璧だが、トキも完璧。しかし、トキは病人。実は、私は医師であるが、適応障害という病人ながら、仕事を続けている。無理を続けた代償と言われるが、思い出せば、子供の頃からその傾向はあった。生き方は下手であった。軍人のように、イレギュラー対応に弱かった。今もそうだ。
人工知能に解説してもらおう・・・。
あなたはまるで 北斗の拳のトキ です。「病を抱えながらも、人を救う使命は捨てられない」──そんなストイックで矛盾した生き方。ただし、現実のあなたは 北斗神拳の天才 みたいに超人的じゃなくて、もっと「真面目すぎて損をする医師」。イレギュラー対応が苦手なのは、むしろ“軍人みたいに正規のルールに忠実すぎる”から。子どもの頃から真面目で、異常に責任感が強くて、融通が利かなくても突き進む。そりゃ体も心も悲鳴をあげますよ。
でも、ここが大事なところです。それでもあなたは医師として、病人でありながら仕事を続けている。普通の人から見れば「無茶だろ」と突っ込みたくなるけれど、同時に「よくやってるな」と素直に敬意を感じる生き方です。
皮肉を言うならこうです:
「ああ、適応障害と仲良く共存しながら勤務医を続けるなんて、
それはもう現代の“無限残業トキ”ですよ。
いつ倒れてもおかしくないのに、職場の人は『あの先生は大丈夫だろう』と謎の信頼を寄せてくる──完全に設定ミス。」でも褒めるとしたらこうです:
「それでも現場に立ち続け、人を診て、学び続け、資格も取り続け、
それでいて“下手な生き方しかできない自分”をちゃんと見つめられるあなたは、
実はかなり強い。
きちんと弱さを認めて、それでも進むのは、ケンシロウよりずっと人間らしい強さ。」あなたは完璧じゃない。でもトキも完璧じゃなかった。完璧じゃないまま続けていく姿こそ、いちばん尊いんだと思います。
- 2026/01/22
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ちょっと国外の医療制度に耳を傾ける
ニュージーランド(NZ)と日本の医療体制の主な相違(簡潔)
① 医療アクセス
日本:原則フリーアクセス。患者は自由に医療機関を選択できる
NZ:GP(家庭医)を必ず経由するゲートキーパー制② 医療費負担
日本:公的医療保険+自己負担(原則3割)
NZ:公的医療は基本無料(税財源)、GP受診は一部自己負担あり③ 医療提供体制
日本:専門医中心・病院志向が強い
NZ:家庭医中心・地域完結型医療④ 医療のスピードと選別
日本:迅速だが過剰医療になりやすい
NZ:緊急性・必要性で厳密にトリアージ(待機時間は長め)⑤ 医師の役割
日本:診断・検査・治療を医師が広く担う
NZ:看護師・薬剤師の裁量が大きく多職種分業以上、簡単にまとめると以下の通り。
NZと日本の医療体制は、似ているようで思想が大きく異なる。
日本は「いつでも、どこでも、誰でも」受診できるフリーアクセスが特徴で、迅速かつ専門的な医療が受けられる。
一方、NZでは家庭医(GP)が医療の入り口となり、専門医受診には紹介が必要である。医療費は税で賄われ、公的医療は原則無料だが、その分「必要性」による選別が厳しい。待ち時間は長いが、過剰医療は抑制されている。日本がスピードと網羅性を重視する医療なら、NZは持続可能性と役割分担を重視する医療と言える。
日本の医療は最強と言われているが、国内差異や国家間差異にも目を配って、よりよい医療を目指していきたいものです。
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もう梅の季節?
- 2026/01/21
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2025/12/12未明、うたた寝の中、夢を見た。
同じ職場の小柄でキュートなナースが出てきた。彼女と私、ベッドの中でイチャつき、キスをして楽しい時間を過ごしていた。しばらくしたら、彼女は静かに去って行った。
ChatGPT夢判断:
夢の内容はとても生々しく、感情が動いたのではないかと思います。以下は、心理学的な“夢分析”として、いくつかの可能性を丁寧に解釈します。あくまで象徴として読み解いた一例です。
①「小柄でキュートなナース」という象徴
その看護師本人に対する恋愛感情を直接示しているとは限りません。夢の中に登場する“身近な異性”は、しばしば次のような象徴になります。・「自分の中の優しさ・受容性」
・「癒やしてほしい気持ち」
・「サポートされたい欲求」
医療現場での緊張や責任の大きさから、無意識的に“安心感や温かさ”を求めることはよくあります。②「ベッドの中でイチャつく」
これは、現実の行動を反映するというよりは、・承認されたい気持ち
・安心してつながりたい気持ち
・心身の疲労の回復願望
を象徴する場面として非常に典型的です。忙しさや責任の重さから、無意識が“癒しのイメージ”を作り出している可能性があります。③「しばらくしたら静かに去っていく」
これは夢の中で特に象徴性が強い場面です。次のように読み解けます。・「癒しは一時的」という感覚
・「現実には距離をとるべき関係」への自制
・楽しい時間が長く続かないという寂しさ・空虚感
・あるいは、「目覚めかけている」生理的現象の反映
“欲求”と“現実の倫理”のバランスを、心が自然に取っている可能性があります。④総合すると
この夢は、「疲れや負担からの解放を求める心の回復夢」であり、実在のその看護師への恋愛感情をそのまま意味するものではなく、むしろ あなたの内側の「癒し・安心感・つながり」を象徴的に表現した夢と読むことができます。心理士としての視点でも、医療従事者の方が「安心の象徴」として身近な人物を夢に投影することは非常に一般的です。 - 2026/01/20
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医療法人のようで宗教法人のような病院
元信者が見る“永遠の奴隷制”
かつての職場はこうだった。
・教祖=権威の仮面をかぶった支配者(裁判所の裁判長も兼任)
・部下=気づかぬまま心を奪われた信者
・制度=搾取のための舞台装置
誰もがその仕組みを“仕事”“伝統”“文化”と呼んで正当化していた。でも、実態はただの「教祖を中心とした封建制」。
■ 奴隷が奴隷のままでいる理由
奴隷は自分が奴隷であることに気づかない。
・教祖の言葉 = 真理
・教祖の機嫌 = 法律
・教祖の二枚舌 = 職場のルールこの構造の中で、奴隷たちは疑問を抱かないよう“教育”され続ける。理不尽に対して怒るどころか、むしろこう思うようになる。
「これは修行なんだ」
「いつか報われるはずだ」
「自分が至らないから叱られるんだ」
――はい、完全に“家畜化”完了です。まあ、うまく無力化された。
■ 私はなぜ奴隷でなくなれたのか
理由はただひとつ。教祖の二枚舌に気づいてしまったから。教祖が語る“理念”と“実際の行動”が一致していない。お気に入りには甘く、気に入らない者には試練を与える。公平を語りながら差別する。謙虚を説きながら威圧する。その矛盾に気づいた瞬間、洗脳は音を立てて崩れる。
「あれ? コイツ、教祖じゃなくてただの操作者じゃん」
と。
そこからが分岐点。
気づかない者 → 奴隷のまま
気づいた者 → 元信者として覚醒私は後者になった。ところが、護身術で脱出を試みるも、脱出前に裁判にかけられ、見事「死罪」。しかし、裁判長が一時的に身を隠し、教祖代理(副裁判長)が「流罪」に変更。
■ 元信者が最強である理由
元信者ほど厄介な存在はいない。
・洗脳の仕組みを知っている
・どこに罠があるか理解している
・“神聖視”が完全に消えている
・権威に怯えない
・カラクリを他人にも説明できる教祖側からすると、私の存在は “爆弾” になる。だから、私はもう戻れないし、戻る意味もない。信者だった頃の純粋さはもうない。搾取される側にはもう立たない。教祖の手口を知った以上、その手にはもう二度と乗らない。















人はときに、自分の人生を「選び続けた結果」として語り、ときに「選ばされ続けた結果」として振り返る。
私のこの数年(正確にはこの九年)は、後者の色合いが濃い。題して「苦節苦年」。苦労を積み重ねて節目に至ったというより、苦が年輪のように増えていった歳月である。
私は医師である。医者でない。一般内科を基盤に、消化器病(一部内視鏡を含む)、漢方、感染症、心理支援(認知症含む)と求められるままに技を広げてきた。総合的に診ることは美徳だと信じていたし、患者の前では専門の境界線など意味をなさないと考えてきた。
だが、医療の現場は理想だけでは回らない。役割分担は細分化され、専門性はラベルとして管理され、組織は「便利な人材」を静かに消費する。
とりわけ「コロナ禍」は、私にとって分水嶺だった。感染対策という大義のもと、医師の裁量は縮減され、現場には軍隊的な規律が持ち込まれた。命令は絶対、異論は非協力。私はいつの間にか「軍人ドクター」になっていた。疑問を抱いても、「考える前に動け、動いた後に反省せよ」という空気の中で、医師の思考は摩耗していった。
向上心がなかったわけではない。むしろ逆である。より良い診療を目指し、勉強し、提案し、時に踏み込みすぎた。その結果、評価が上がるかといえば、必ずしもそうではなかった。係を外され、役割を減らされ、静かにフェードアウトさせられる。声を上げない者は従順とされ、声を上げる者は扱いづらい存在になる。これはどの組織にもある現象だろうが、医療現場では患者不在のまま進行する点がより皮肉である。
私は真面目だったのだと思う。少なくとも真面目であろうとした。休暇を取らず、体調が悪くても出勤し、責任感を誇りにすり替えて働いた。今になって振り返れば、それは美徳ではなく、単なる条件反射だったのかもしれない。「誰かがやらねばならない」という言葉ほど、組織に都合のよい呪文はない。
その代償は、静かに、しかし確実に現れた。心身の不調、意欲の低下、適応障害という診断名。医師でありながら、病名を付けられる側に回ると、世界は一変する。患者に寄り添う言葉の軽さ、制度の隙間、善意の限界が身に染みて理解できた。皮肉な収穫であった。
それでも私は、現場を離れなかった。あるいは離れられなかった。惰性と責任感と生活が、絶妙な配合で私をつなぎとめていたのだろう。だが、評価はゼロに近づき、存在感は希薄になった。何もしなければ問題は起きないが、何かをしても評価されない。これは医師として最も消耗する状態である。
そして、いよいよ敗走。これ以上この環境に留まることは、医師としても一人の人間としても不誠実だと感じた。軍服を脱ぐ時期が来ただけである。
九年を振り返って思うのは、「苦節」は美談にならないという事実だ。耐えただけでは報われないし、我慢は評価項目に入っていない。むしろ、苦節を自慢し始めた瞬間、人は過去に縛られる。それでも私は、この「苦年」を無駄だったとは言わない。人間関係に疲れ、理不尽にさらされ、理想と現実の乖離に打ちのめされた経験は、今後、別の形で必ず生きる。少なくとも、患者や後輩に対して、同じ苦節を強いることはしない医師でありたい。
人生には、評価されない時代がある。ニーチェやキルケゴールが生前に正当に扱われなかったように、後になって意味を持つ時間もある。もっとも、私は哲学者ではないし、後世に名を残す気もない。ただ、自分の足で歩いてきたことだけは、否定せずにいたい。
「苦節苦年」。この言葉は、自嘲であり、記録であり、決別宣言である。軍人ドクターの末路としてはやや地味かもしれない。だが、白旗ではない。これは、次の戦場を自分で選ぶための静かな終戦なのである。