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- 2026/02/23
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いつまでも夢を──人生に、遅すぎることはない
32歳で医師を志し、7浪や留年という長い道のりを経て、21年越しに53歳で医師となった新開貴子さん。医師になるまでの歳月で、彼女は結婚し、出産し、3人の子どもを育ててきた。母であり、学ぶ者であり続ける日々。「無理だ」と言われても、「遅すぎる」と思われても、夢を手放さなかった。
「患者に救われている」
そう語る新開さんの原点は、短大卒業後に就職した一般企業勤務にある。その後、臨床心理士を目指して26歳で島根大学教育学部へ入学し、30歳で卒業。さらに、実家の薬局を手伝いながら精神科病院で働くなかで、「もっと患者さんの人生に深く関わりたい」という思いが、彼女を医学の道へと導いた。
32歳、医学部受験を決意。決して平坦ではない現実。7度の挑戦を経て、40歳で医学部合格。そしてついに、53歳で医師となった。
人生は一度きりだ。他人に過度な迷惑をかけないのであれば、挑戦する理由を、年齢で否定する必要はない。
夢を見ることに、期限はない。歩みは遅くてもいい。遠回りでもいい。それでも進み続けた先に、人生は確かに開けていく。
いつまでも夢を。
- 2026/02/22
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ああ横浜

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警告された破滅とは
「数学ではない、意志だ」=ヒトラーがプロの忠告を捨てた瞬間
1942年9月24日、参謀総長ハルダーは、ヒトラーに対してある冷徹な「数学的根拠」を突きつけた。スターリングラード占領作戦について、物資供給の限界とソ連軍の反撃能力から、「勝利は不可能」と断言し、撤退を具申した。
しかし、ヒトラーの答えは「激怒」と「解任」。プロの軍人の助言を排除し、「意志が数学を凌駕する」と信じた指導者の決断が、後に28万人以上の第6軍を地獄の包囲網へと追い込むことに。
実は、日本における東条英機と同じ。日清・日露戦争に勝利したことを日米開戦の根拠にしている。シュミレーションでは勝てない公算であったにもかかわらず。
イエスマンだけが残った組織の末路を、ハルダーの日記や当時の軍事記録から垣間見よう。
現実に正直に生きた者の句:泥船に 乗るなと諭す 反逆者
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医療現場のいじめ――日本の臨床研修医調査から考える――
日本の臨床研修医を対象に、37病院で行われた横断調査(2007年実施)では、医療現場におけるいじめ・ハラスメントの実態が報告されています。
この調査によると、最も多く報告されたのはいわゆる言葉による虐待で、全体の72.1%を占めていました。また、女性研修医ではセクシャルハラスメントの経験も多く、58.3%が被害を受けたと回答しています。一方で、こうした問題を上司に報告した割合は12.0%にとどまっていました。
(参考文献)Nagata-Kobayashi S, et al. Universal problems during residency: abuse and harassment. Med Educ. 43:628–636, 2009
いじめやハラスメントは、研修医時代に限った問題ではありません。研修を終えた後も、医局という閉鎖的なコミュニティの中で、目に見えにくい形で続くことがあります。
必要な連絡事項を伝えない、特定の医師にだけ過重な業務を集中させる、手技や経験の機会を与えない、いわゆる「干す」行為などがその例です。
また、論文執筆などの学術的な機会が与えられず、立ち回りの上手な別の医師に回されることもあります。これらは第三者からは気づかれにくく、同じ職場にいても問題として認識されないことがあります。
医療現場におけるいじめの深刻さは、最終的に患者への不利益として跳ね返ってくる点にあります。上下関係を過度に意識する環境では、若手医師やコメディカルが異変に気づいても報告をためらい、医療事故やヒヤリ・ハットの見逃しにつながる危険性があります。
被害者に求められるのは、個人の勇気だけではありません。事実を記録し、孤立しないための仕組みが必要です。報告率が12%にとどまったという事実は、声を上げることで不利益を被る可能性を多くの人が予測している、という構造的な問題を示しています。
いじめは当事者間の問題のように見えますが、実際には周囲の沈黙によって維持されます。重要なのは、完璧な正義を求めることではなく、被害者の安全を守るために、事実を記録し、適切な窓口につなぎ、当事者を孤立させないことです。
医療の質と患者安全を守るためにも、この問題は個人の資質ではなく、組織として向き合う必要があります。
- 2026/02/21
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ああ横浜


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浪人生の夢? うたた寝にみた夢
ささやかなピアノのコンクールに出場し、結果発表を待つところで夢は止まった。合否は示されない。ただ、弾き終えた後の静けさだけが残っていた。
老いてきた医師としての自分を思う。白衣は長く着てきたが、専門性を存分に響かせる舞台は、いつの間にか小さくなっていた。それでも弾いた。もう若さも肩書も助けにはならないが、積み重ねた指遣いだけは嘘をつかない。
結果待ちで夢が終わったのは、評価を他人に預ける人生から、そろそろ降りてもいいという合図なのかもしれない。合格か不合格かより、弾いた事実だけが今は静かに残っている。 -
このニュースをみたら、人生はやはり運だな ~努力のとどかない世界~
ボブスレー、連盟が選手に補償へ、ミスで男子が五輪出場できず
連盟のミスで、日本がミラノ・コルティナ冬季五輪のボブスレー男子に出場できなくなった問題。
同連盟が選手に補償する方針を固めたと。理事会で方向性が確認された(補償の内容は決まっていない)。
日頃から「選手ファーストではないことが常態化」と選手が漏らしているようだ。同連盟によると、これまでの海外遠征で選手に費用負担が発生していたらしい。
- 2026/02/20
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春の兆しと富士

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令和半 今こそ立たむ 医の道の 業を小古曽の 空に残して
読み人・齋藤孝仁の解説:令和時代、一流の内視鏡治療医になるという夢は叶わなかったが、コロナ禍を含む感染症医として尽くした事実は残る。病院を去っても、この業績は永遠に残るだろう。小古曽の空が証人となって。(清水宗治の辞世を参考に)
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浮世をば 今こそ渡れ もののふの 名を高松の 苔に残して
(もののふ=武士)
秀吉の中国大返しの直前、高松城主である清水宗治(しみずむねはる)が詠んだ辞世。
高松城をめぐる激しい攻防(水攻め)。天下統一に向けて急展開を迎えることとなった激動の歴史が存在する。信長逝去の情報が毛利に先んじて伝わったならば、歴史は異なる展開になっただろう。しかし、歴史にifはない。そして、毛利もまた義理堅く、講和を遵守した忠士。











世の中には、思わず「美談だ」と言いたくなるサクセスストーリーがある。高卒で警察官として働き始め、その後、弁護士になるまでの人生を歩んだ男性の話も、まさにその一つだ。
日本は、いまだに学歴社会だと言われる。進学ルートは早い段階で分岐し、一度外れると「やり直し」が難しい構造になっている。高卒という肩書きは、本人の能力や努力とは無関係に、選択肢を狭めてしまう現実がある。そんな中で、警察官として社会の最前線に立ちながら、法律を学び直し、司法試験という日本でも屈指の難関に挑み、弁護士になる。
これは単なる「努力の物語」ではない。制度、時間、年齢、周囲の視線――数えきれない現実的な壁を一つずつ越えていった結果だ。注目すべきは、「最初からエリートだったわけではない」という点だ。むしろ、学歴社会の中では不利な立場からのスタートである。それでも、社会で働く中で現実を見つめ、法律の必要性を実感し、自分の人生を自分で組み替えていった。その過程にこそ、この物語の価値がある。
この話が心を打つのは、「誰でも弁護士になれる」という安易な希望を与えるからではない。むしろ逆だ。人生は簡単ではないが、それでもなお、選び直すことは可能なのだ、という厳しくも誠実なメッセージがある。学歴は、たしかに有利にも不利にも働く。しかし、それが人生のすべてを決めるわけではない。社会に出てから何を考え、何を積み上げ、どこに覚悟を置くのか。その積み重ねが、後から人生の輪郭を変えていくこともある。
高卒警察官から弁護士へ。この一人の男性の人生は、学歴社会そのものを否定するものではない。ただ、「学歴でしか人を見ない社会の視線が、いかに浅いか」を静かに示している。美談であると同時に、私たち自身の生き方を問い返す物語でもある。