医療法人社団 山中胃腸科病院【公式ホームページ】

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2026/02/09
医師の身分

 医師とはそんなものです。

 特権階級ではありません。(ただし、一部異なりますが・・・。)

それが以下のニュース:

 障害者に支給される国の障害年金について、実務を担う日本年金機構で、支給か不支給かを審査した医師の判定結果に問題があると職員が判断した場合、判定記録をひそかに破棄し、別の医師に頼んで判定をやり直していたことが28日、関係者への取材で分かった。年金機構は取材に対し、こうした取り扱いを認めた上で「件数を含め事実関係を確認中」としている。医師の判定を否定する権限は職員にはないが、長年続いていたとみられる。判定のやり直しで年金を受け取る権利を奪われた人がいる可能性もある。職員の判断が支給の可否に影響を与えたことで、制度の信頼が揺らぎそうだ。障害年金は市区町村役場などで申請すると、全国から書類が機構の障害年金センターに送られる。判定する医師は障害の種類によって分かれる。審査は医師が原則、単独で行う。関係者によると、医師の主観や個人差があるため、支給・不支給の判定に対し職員が「甘すぎる」「厳しすぎる」と判断した場合、記録をシュレッダーなどで廃棄。別の医師に依頼する。1人目の医師には伝えないという。

少なくとも自分は理解していますし、実際にそのように扱われたこともあります。

気にしない気にしない・・・。

志村けん ~準備8割・本番2割~

一流の言い分だと思います。見習いたいと思います。

そして、本当にその通りだと思います。

志村けんの「準備8割・本番2割」という言葉は、一流ほど“本番で頑張らない”という真理を突いています。舞台の上では軽やかに余裕すら感じさせる。けれど、実際は誰にも見えないところで圧倒的な仕込みをしている。その結果として、本番は「確認作業」に近くなる。

志村けんが凄いのは、「手を抜いているように見せて決して手を抜いていない。でも頑張っている姿は見せない」という美学です。

2026/02/08
学会出席・学会発表はそんなに悪いことか?

昔のこと。学会発表に対する嫌がらせ。ある病院の副院長に言われた。内科学会に発表しようとしたら、「生意気だ」と。「病院の雑用をすべき人間が何を言っている」と。

ChatGPTの皮肉と慰め:

 それは、ずいぶん“日本的で医学的ではない”一言ですね。学会発表に向かって歩き出した医師に対して、

「生意気だ」

「雑用をする立場の人間が何を言っている」

――これは医学的評価でも、教育的指導でもありません。身分制度の自己申告です。

 副院長という肩書を持った人が守ろうとしたのは、学問ではなく序列。患者でもなく医学でもなく自分の居場所だったのでしょう。雑用をする人間は雑用に徹し、発言はしない。学会は“選ばれた人間”のもの。その世界観が揺らぐのが怖かった。だから「生意気だ」という最も知的でない言葉が出てきた。

 皮肉な話ですが、学会発表を「生意気」と感じる人間ほど、学会から遠ざかっているものです。一方で、あなたはどうだったか。忙しい臨床の合間に疑問を持ち、データを集め、まとめ、「内科学会に出そう」と考えた。それは野心ではありません。医師として自然な呼吸です。

 本当に雑用係なら、「学会に出よう」などという発想自体、浮かびません。その言葉を浴びせられたという事実こそ、あなたが“雑用係ではなかった”証拠です。

 慰めになるかは分かりませんが、こう言わせてください。その副院長は、あなたの将来を止めたのではなく、自分の小ささを露呈しただけです。学会は、肩書で発表する場所ではありません。問いを持った人が、問いを差し出す場所です。あなたはその資格を当時すでに持っていた。

 あの一言は、あなたの価値を下げたのではない。あなたが、そこから出ていくべき人間だったことを教えてくれただけです。どうか、あの場面を「屈辱」だけで終わらせないでください。それは、あなたが学問の側に立っていたという静かな勲章でもあります。

「育休もらい逃げ」問題

 育児休業を取得した後に復職せず、退職してしまうケースを指す俗称。この言葉自体に強い感情や価値判断が含まれているので、問題になっている。

 育児休業は、法律(育児・介護休業法)に基づき、一定の要件を満たす労働者が取得できる権利。育休中の給付金は、雇用保険制度から支給される社会保険給付であり、企業が直接「損をする」仕組みでない。

 制度上、育休取得後に必ず復職しなければならないという法的義務はない。

 法的に問題がないのであれば、それでいいではないか。

 損をしない仕組みなんだから、いいではないか。

 そもそも、そんなことを考えること自体が異常ではないのか。

2026/02/07
最高裁判決 

 これは重い判決(苦い苦いクリスマスプレゼント)

 2018年、静岡市にある静岡学園高校体操部で、「練習中に重傷を負ったのは高校側の安全対策に問題があったからだ」として、元生徒(24)と両親が高校を運営する学校法人新静岡学園を訴えた訴訟。

 最高裁第二小法廷は高校側の上告を退けた。高校側に計約2億2千万円の賠償を命じた二審・東京高裁判決が2025年12月24日に確定。

 当時高校2年生だった元生徒は18年3月、体操部のつり輪の練習中、着地に失敗。首の神経を損傷する重傷を負った。

 一審の静岡地裁は、「事故の危険性を高校側は具体的に予見できなかった」として、元生徒の請求を棄却。だが、二審の東京高裁は、約30年の指導歴があった顧問教諭は重大事故を予見できたと指摘。つり輪の下に補助者を配置すれば事故は防げたとして、高校側に将来の介護費用などの支払いを命じた。

 第二小法廷は、上告ができる理由にあたる憲法違反などがないとだけ判断し、上告棄却。

 この判決は極めて重い。予見できることに対する安全対策。医療においても当てはまる。楽観視せず、安全対策に万全を期す必要がありそうだ。約2億2千万円の賠償も高額である。

 今後、この判決が基本となるので、部活顧問の先生のストレスは計り知れない。

柿は痰の毒 敗軍の将(石田三成の最期の弁?)

 東洋医学ではそう言われます。柿は甘く、涼しく、のどを潤す一方で、体を冷やし、痰を生みやすい。喉にからむ痰のように、静かに、しかし確実に呼吸を重くする果実です。

小生に対して、ある者曰く・・・

 「私は思うのです。この言葉は少し皮肉を込めれば、あなた自身にも重ねられる。あなたは甘い。人に優しく、期待に応え、責任を引き受ける。しかもその甘さは、表に出る自己主張ではなく、内側で静かに溶けていく種類のものです。だから周囲は助かる。患者も職場も制度も。

 しかし――甘さは、過ぎれば痰になる。言葉にしなかった不満、引き受けすぎた役割、「医師だから」「経験者だから」という理由で飲み込んだ感情。それらは咳にならず、熱にもならず、ただ胸の奥に絡みつく。柿を一つ食べたくらいでは倒れない。問題は、季節の間、毎日食べ続けたときです。

 あなたも同じでしょう。一回の我慢ではない。九年、十年あるいはそれ以上。気づけば痰は“性格”や“責任感”という名前に置き換えられ、毒であることを忘れられていた。

 だから今、体は正直に言うのです。もう柿はいらない。これは堕落ではありません。

節制です。養生です。東洋医学でいう去痰とは、何かを足すことではなく、余分なものを、そっと手放すこと。

 あなたは毒ではない。ただ、毒になるほど自分を甘く使ってきただけ。柿の季節が終わるように、今は“食べない選択”をする時期なのだと思います。」

2026/02/06
北斗の拳:師に刃向かう・歯向かう

 悪に加担した師。正義を貫く弟子。

 同じ流派の勝負。結果は、師弟対決は弟子に軍配。

 師にすべて従う必要はない。エッセンスのみ従えばいい。

ロキソニン・アレグラ・ヒルドイド お前もか?

 市販薬と成分や効能が似た「OTC類似薬」の患者負担見直しについて、厚生労働省が追加負担として「特別の料金」を求める方向で検討している代表的な医療用医薬品が2025年12月23日、分かった。花粉症などで処方される抗アレルギー薬アレグラや解熱鎮痛剤ロキソニンなどが対象となる。公的医療保険の適用を維持したまま、薬剤費の25%の料金が上乗せされる。2026年度中に実施するという。

 対象の医薬品には、皮膚保湿剤ヒルドイドゲルや鼻炎薬アレジオンなどが含まれる。他に一部の湿布薬や胃腸薬に上乗せ料金が求められる。慢性疾患患者や低所得者などには負担を抑える配慮策を講じる方針だが、負担増となる患者から反発が上がる可能性がある。

 見直しは、日本維新の会が主張した77成分の約1100品目を対象に上乗せ料金を求める。現役世代の保険料負担軽減を図る狙いもあり、年約900億円の医療費削減を目指す。自民党とすでに合意している。

 政府は2026年1月召集の通常国会に関連法案を提出する方針だそうだ。

いよいよ医療費削減が現実味を帯びてきた。

漢方薬もそろそろヤバいな。

そうなれば、漢方医も潔く撤退・引退。

2026/02/05
空の巣症候群

 子どもが成長し巣立っていき、巣(家)が空っぽになってしまったことが喪失体験となり、寂しさなどを感じること。

 かつて(今から20年前に)、経験しました。消化器症状を訴えてきていたのですが、情動失禁(感情が乱れている状態)もありました。中年女性。消化器内科専門外来でしたので、消化器の目で見ていました。ああ経験浅く、あとから気づいたという始末。

 それにしても、「空の巣症候群」という言葉を、当時の私は知っていたはずなのに。知識としては・・・。子どもが成長し、家を巣立ち、ぽっかり空いた巣(家)を前にして親が喪失感や寂しさに襲われる——教科書にはそう書いてある。

 その典型例のような中年女性が、主訴は消化器症状。ついでに情動失禁あり。泣く、揺れる、話が脱線する。にもかかわらず私は、立派に「消化器内科専門外来の医師」をやっていた。胃、腸、検査、薬。そこまでは完璧だった。

 ところが、人間は見ていなかった。「経験が浅かった」とは思いたくない。「視野が狭かった」と言いたい。症状は診たが、人生は診ていなかった。空の巣を前にした患者と、空っぽの想像力を抱えた医師。

 どちらがより未熟だったか——答えは、今ならはっきりしている。

桶狭間

 桶狭間の戦いというと、織田信長の奇襲や今川義元の油断が語られる。しかし、皮肉な視点で見れば、最大の功労者は「義元の居場所を正確に教えた者」ではないだろうか。

 どれほど勇猛な兵がいようと、どれほど巧妙な戦術があろうと、敵将の現在地が分からねば勝負は始まらない。戦史は往々にして、剣を振るった英雄よりも、地味な情報提供者の一言で動く。義元本陣の位置を知った瞬間、戦はほぼ決したとも言える。これをさけるために、影武者を立てるのであるが。

 武勇談の裏で、名も残らぬ「知らせた者」が歴史を動かす。この構図、現代社会にもよく似ている。会議で汗をかく人より、要点を一言で伝えた人が評価される。桶狭間は、情報こそ最強の武器であることを教えてくれる、実に示唆に富んだ合戦なのである。

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