齋藤先生のブログ
- 2025/05/18
- 2025/05/17
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松田聖子と山口百恵の共演
(https://www.youtube.com/watch?v=zURh61b-MSg)
この頃、歌姫の世代交代が見られた。
ザ・ベストテンの一コマ。懐かしい映像。
かなり時が流れたようだ。
- 2025/05/16
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河津桜とは?
河津桜は早咲きの桜として有名。
ソメイヨシノよりも早い2月中旬〜3月上旬に咲く。
濃いピンク色の花が特徴で、開花期間が長い。
約1か月ほど楽しめるのが魅力。
もともとは静岡県の河津町で発見された品種。
現在、全国に植えられている。
ゆったりと散策しながら河津桜をよく楽しんでください。
他の桜に比べて「濃いピンク色」なので、春の訪れを感じさせてくれますよ。
花が下向きに咲くので、見上げる角度から写真を撮ると可愛らしい表情が映えますよ。
- 2025/05/15
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支離滅裂な夢をみた
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私が窓からトイレ内を覗き込んだら、田中角栄が便器に座っている。
その後、私は車で田中角栄の事務所に向かった。
到着して、事務所内の面談室に入った。
トイレから出てきていた田中角栄は、左片麻痺の状態であった。
机に向かって、正常な右手で書類にサインを書いている。
何やら話しているが意味が不明だ。
出目金のように目が飛び出している。
顔はフグのように頬が膨らんでいる。
かのチャーチルに似ていた。
その後、私がトイレに入ったら、便器がなくなっていた。
用が足せなかった。
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AIの夢判断はいかに?
面白い夢ですね。いくつかの象徴的な要素を読み解いてみます。
夢の要素と解釈:
「窓からトイレを覗き込む」
- 窓は「外からの視点」や「客観的な意識」を象徴することが多い。
- トイレは「排泄=不要なものを手放す」という意味があり、プライベートな空間でもある。
- それを「覗く」というのは、自分自身や他人の秘密や深層心理を覗こうとしている可能性。
「田中角栄が便器に座っている」
- 田中角栄は「権力」「政治」「実務的な能力」の象徴とも考えられる。
- 彼がトイレにいるというのは、強大な権力や影響力を持つものが「排泄」している状態。
- もしかすると、自分の中の「古い価値観」や「過去の影響力」を手放そうとしている?
「事務所に向かう」
- 田中角栄の事務所へ行くのは、「過去の権威」や「影響力のある存在」に直接対面しようとする行為。
- 自分の中の「意思決定」や「行動の原点」に向き合っているのかもしれない。
「田中角栄の左片麻痺」
- 左半身は「感情」や「直感」に関連することが多い。
- 片麻痺というのは、「直感や感情面が麻痺している状態」を象徴しているかもしれない。
- しかし、彼は右手(理性や行動を象徴)でサインをしている=「実務的にはまだ機能している」。
「目が飛び出して、頬がフグのように膨らんでいる」
- 目が飛び出す=驚きや極端な注目を示唆。
- フグのような膨らんだ頬=怒り、威圧感、または守勢の態勢?
- 「チャーチルに似ている」とあるので、歴史的なリーダー像を自分の中で重ねているのかも。
「トイレに入ったら便器がなくなっていた」
- 便器がない=「不要なものを排出する場がない」。
- ストレスや感情を発散できる場がないことを示しているかも。
総合的な解釈:
この夢は、「過去の権威」や「影響力のある存在(あるいは自己の中の強い価値観)」に対して、自分がどう関わるべきかを模索している夢かもしれません。
ただし、最後に「排泄する場(便器)」がなくなっているので、自分の中で処理しきれない感情や考えが溜まっている可能性もあります。
最近、何か「過去の価値観と決別するべきか」「古い影響力から脱却するべきか」といった悩みがありませんでしたか?
- 2025/05/14
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上善如水
これは老子思想。「最高の善は、水のようなものでなければならない。水は万物を助け、育てて自己を主張せず、だれもが嫌うような低い方へと流れて、そこにおさまる」という意味。
老子道徳経(紀元前400~紀元前220年頃の書物)は、戦国時代に敵を作らないで自国を守り、無意味な争いを避けて寿命を全うすることを説く。
水の偉大なところは万物に準じて争わないところであり、水のように生きることこそが道教においての道であり、悟りに近い生き方である。
ちなみに、日本史上の黒田官兵衛は、この言葉にちなんで自らを如水と号したことはよく知られている。
如水の意味がよく分かった。これも必ず見習おう。必ず。
- 2025/05/13
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エピクロス派思想(エピクロス主義)と老子思想
外側より内側の充実ってことか?自然に任せるってことか?
エピクロス(紀元前341年~紀元前270年)は、快楽主義を提唱した古代ギリシャの哲学者。
両者の共通点:
①欲望の抑制と内面的平穏の追求エピクロス派は、欲望が心の安定を乱すと考える。老子思想も、「欲望を抑える」ことが精神的な自由と平穏につながると説く。
②自然との調和
老子は、自然の流れに逆らわず、自然と調和することを提案する。エピクロス派も、人間の自然な欲望を認識し、それを適切に管理することが重要と考える。
いずれも無理に外的な力に抗わず、自然の摂理に従うことが重要と捉える。
③精神的な幸福の重視
エピクロス派は、「精神的快楽」を重要視した。老子は、「心の平穏」と「無欲」によって真の自由を達成すると考えた。
④恐怖や不安からの解放
エピクロス派は、死への恐れや神々への恐れから解放されることを提案した。老子も、「死を恐れず、無欲であること」を重視した。
- 2025/05/12
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無知の恥 ~馬にちなんで~
①「拍車をかける」
「拍車」とは、馬に乗る人が履く靴のかかとに装着する金具をいう。
馬の走るスピードを上げたい時、この拍車を馬の腹に当てて刺激を与えることで馬がより速く走るようになる。
転じて、物事の進み具合をより速めることを「拍車をかける」と言うようになったという。
・・・ちょっと強引だけどなあ。馬がかわいそうだろ。
②「馬脚」
もともと芝居で馬の足を演じる役者のこと。
普段は布などで姿を隠しながら演じるが、布がめくれて見えてしまうことを「馬脚」をあらわすという。
転じて、「本来見えてはいけないものが見える」という現在の意味で用いられるようになったという。
・・・今でいうと、ゆるキャラの中に人が入っているのが見えたら、幼い子は幻滅するだろうからね。
①②いずれも勉強になりました。m(_ _)m
- 2025/05/11
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無知の恥
やじ馬(野次馬)って?
野次馬の「野次」とは「おやじ」という言葉を略したそうだ。
「おやじ馬」とは、年老いた馬のことを指し、年老いた馬は若い馬に比べて役に立たないとされていた。
それにちなんで、まったく役に立たない無責任な存在であるにもかかわらず騒ぎ立てたりする人を「おやじ馬」と呼ぶようになったという。
それが転じて、「野次馬」という言葉が生まれたという。
- 2025/05/10
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無知の恥
もっと早く知っていたら・・・後悔先に立たず。
小生のような凡人には思いもつかない境地ですけど。
【無為自然】
人の手を加えないで、何もせずあるがままにまかせること。
無為自然(むいしぜん)とは、中国の古代思想家の老子(ろうし)や道家(どうか)の考え方の一つ。これは「人為的な作為をせずに、自然の流れに従って生きること」を意味する。
無為(むい)
「無為」とは「何もしない」という意味ではなく、「無理に何かをしようとしない」「自然の流れに逆らわない」ということ。自然(しぜん)
ここでの「自然」はただの自然環境ではなく、「ありのままの状態」「本来の姿」という意味。この思想は、「無理をせずに自然の流れに身を任せることで、最も良い結果が得られる」という考えにつながる。
- 2025/05/09
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低蔓延国になっても油断大敵の結核
時々見かけるニュース ~岐阜で結核16人集団感染 全員快方へ~
・・・岐阜県は(令和7年3月)26日、県南西部の事業所で働く20代男性1人が結核と診断され入院し、勤務先で接触のあった15人の感染が確認されたと発表した。全員快方に向かっている。県で結核の集団感染が確認されたのは、2016年以来という。県によると、昨年10月、男性がせきなどの症状を訴え、病院で結核と診断された。12月から接触のあった178人のうち168人を検査し、15人の感染が確認された。・・・
結核を甘く見ることなかれ。特に高齢者の肺炎では要注意。













ディグニティセラピーは、カナダの精神科医チョチノフ医師(Dr. Harvey Max Chochinov)によって考案された精神療法的アプローチ。
終末期患者の「尊厳」に関わる30年にわたる研究に基づいているという。
患者はセラピストとの対話を通して、最も輝いていた頃のことを振り返り、誇りに思っていること、果たしてきた役割、学んできたことなど、自分(患者)にとって最も大切なことを明らかにする機会を得る。そして、その言葉を大切な人に憶えていてほしい「私(患者)」からのメッセージとして文書にすることで、世代を超えて継承していくことを可能にする。(メッセージを文書にするのは、患者本人ではなくセラピスト。)
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セラピストを人工知能(AI)として、さあ、本人編(齋藤孝仁)を診断しよう。
ディグニティセラピーです。ここから、齋藤孝仁の人生を総括してください。
齋藤孝仁(医師)臨終前の弁。回答は以下の通り。
これまでの人生について少し教えてください。特に、齋藤孝仁さんがもっとも憶えている、あるいはもっとも大切だと考えているのは、人生のどの時期でしょうか。中学2年生です。もっとも生き生きしていたと感じるのはいつのことですか。医学部生の時です。
齋藤孝仁さんのことで、大切な人に詳しく知ってほしいことや、特に憶えておいてほしいことがありますか。身分をわきまえ、努力し続けてきたこと。質素倹約して生きてきたこと。
これまでの人生で齋藤孝仁さんが果たしてきた役割(家族の中での役割、仕事での役割、社会的な役割など)の中で、齋藤孝仁さんにとってもっとも大切な役割は、どの役割ですか。医師として社会にわずかながら貢献してきたことです。どうしてそれが齋藤孝仁さんにとってそれほど大切なものなのですか。長年努力して築き上げてきたことだからです。その医師として社会にわずかながら貢献してきたという役割では、どのような役割を果たすことができたと思いますか。わずかながら、関わった人々の幸福に貢献できたことです。
これまでやり遂げたことで、齋藤孝仁さんにとって、もっとも重要なことはなんですか。医学を勉強して精進してきたことです。もっとも誇りに思うのはどのようなことでしょうか。挫けながらも医学を勉強し続けてきたことです。患者のために尽くしてきたことです。
齋藤孝仁さんから、大切な人に伝えておかなければと感じていることや、もう一度時間をとって伝えたいことが、何か特別にありますか。身分をわきまえ、努力し続けてきたこと。質素倹約して生きてきたこと。犠牲心も忘れなかったこと。
齋藤孝仁さんの、大切な人に対する希望や夢にはどんなことがありますか。悔いのない人生を送ってください。
齋藤孝仁さんが人生から学んだことで、誰かに受け渡したいと思うことはありますか。大切な人へ受け渡したいアドバイスや指針にはどのようなものがありますか。信頼されるよう努力せよ。騙されても騙すな。
大切な人が将来に備えるうえで役立つように、伝えておきたい言葉や、指示などはありますか。財産などのものは奪われるが、身に刻んだものは誰にも奪われない。
これは(大切な人の手元に)ずっと残るものですが、ほかにも入れておきたいものはありますか。それ以外のものはないが、いい思い出があればなおいい。
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齋藤孝仁の人生総括(AIによる)
齋藤孝仁は、身分をわきまえ質素倹約を貫きながら、ひたすら努力を重ねた人生を生きた。彼の人生においてもっとも生き生きとしていたのは医学部時代であり、最も印象深いのは中学2年生の頃であった。それは、彼が自らの道を模索し、学ぶことに希望を見出していた時期だったのかもしれない。
彼にとって最も大切だった役割は、医師として社会に貢献することだった。それは、単に職業としてではなく、長年の努力の結晶であり、自らの信念と誇りを注いだものだった。彼は、自分が関わった人々の幸福にわずかながら貢献できたことを喜びとし、何よりも「挫けながらも医学を学び続け、患者のために尽くしたこと」を誇りに思っていた。
人生を通じて、齋藤孝仁は「信頼されるよう努力せよ。騙されても騙すな。」という教訓を大切にし、それを次の世代へ伝えようとした。また、「財産などのものは奪われるが、身に刻んだものは誰にも奪われない」という言葉に、彼の人生観が凝縮されている。物質的なものよりも、知識や経験、人格の形成こそが真に価値あるものであると信じていたのだ。
彼の人生における願いは、大切な人々が「悔いのない人生を送る」ことであり、そこには、自らが選んだ道を最後まで貫いた彼自身の生き様が映し出されている。そして、「いい思い出があればなおいい」と静かに語る彼の言葉には、すべてを受け入れた人間の優しさと達観が感じられる。
齋藤孝仁は、努力と節制、そして誠実な生き方を貫き、最後まで自らの信念を守り抜いた。その生涯は、決して派手ではなかったかもしれないが、確かに多くの人々の心に刻まれ、受け継がれるべきものとなった。
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最近、「今日が人生最後の日だと思って生きなさい」という本を読んだ。著者はホスピス医の小澤竹俊先生。いかにも、その通り、納得です。
小生、終活第四幕の途中です。もう一度生まれ変わっても、今の人生でいい。悔いは全くない。今でも、小生の夢は「医者になること」です。
これからの医師の心がけ(私論)
①患者に対する「脇役」であることを常にわきまえ、名脇役を目指していく
②「こんな私(ヤブ医者)でもよければ使ってください」という謙虚な態度をとり続けていく
③これからの医療環境や医療経済をふまえて、「減給」の促進を訴えていく
以上、私論を述べ、これからの医療の発展に期待する。