権威者の認知症とかけて 昔では豊臣秀吉、最近では田中角栄ととく そのこころは?
そのこころは――衰えそのものより、周囲が“止められなくなる”ところが怖い。
豊臣秀吉も田中角栄も、全盛期は圧倒的な判断力とカリスマで時代を動かした。しかし晩年、認知機能の衰えが目立ってくると、問題は、“本人の変化”以上に、“周囲の沈黙”。
権威が強すぎると、
・明らかな判断ミスでも誰も異議を唱えない
・進言は、「不忠」「敵意」と受け取られる
・結果として、衰えが修正されず拡大する
つまり――認知症が国や組織を壊すのではなく、権威が介入を拒むことで壊れる。
これは、現代医療や組織運営にもそのまま当てはまる。肩書きが強いほど「診断」も「支援」も遅れる。だからこそ、本当に必要なのは、早期発見よりも早期に“止められる関係性”なのかもしれない。
皮肉な話だが、最も認知症に弱いのは、最も権威の高い人間である。
――そう解くのが、この謎かけの落ちだろう。
さて、豊臣秀吉の後継者になるだろうとされた秀次。秀頼が誕生した後、蟄居(ちっきょ)処分を受け、その後、切腹させられた。秀次は三条河原でさらし首になったが、その際に眷族(けんぞく)もことごとく処刑された。
人は老いると怒りっぽくなるというが、「秀次事件」における秀吉の逆上ぶりは度を越えていた。残酷物語として、ドラマでも悲壮感を醸し出していた。










