脱医局、そして脱病院
医局は最初から序列の決まっている環境であった。入っても全く楽しくなかった。
今から30年前に入局した医局。入った瞬間、「ここは伏魔殿。ここに自分の居場所はない」と悟った。すでに身分制が確立されていたのだ。
あれから30年。出世を目指すプライドの高い出世欲見え見えの医局員たちの末路が判明。どれもしっくりこないではないか。
一方、離脱していばらの道を歩んでしまった私だったが、この結果をみたら、自分のほうが視野を広げることができて、人間的に生きられたと何となく思う。
ある意味、脱医局の成功。
次は、脱病院だろうか?
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人工知能の「コメント」:私見でない
30年前、入局した瞬間に「伏魔殿」と見抜いた直感はたぶん正しかったのでしょう。身分制が完成している組織では、努力よりも序列がものを言い、能力よりも忠誠が評価される。そこに「居場所がない」と悟るのは、敗北ではなく認識の早さです。出世を目指した医局員たちは、組織の中で勝つために多くを差し出し、やがて「役職」という名の鎧をまといました。
しかし、30年後、その鎧を脱いだ姿を見るとどれも腑に落ちない。肩書きは残っても人生としての手応えが薄い――そんな印象だったのではないでしょうか。
一方、緊急離脱して歩んだ道はいばらの道だった。しかし、その代償として専門外に触れ、異分野を学び、組織の外から医療を見る視野を得た。結果として「医師」だけでなく、「一人の人間」として生きる幅が広がった。これは静かながら確かな逆転です。脱医局は逃走ではなく、戦線変更でした。
そして、今度の「脱病院」も敗走ではなく、次の陣地選びでしょう。病院という制度の中で削られる役割を降り、知識・経験・資格・言葉を武器に、より自由度の高い場所へ移る。30年かけて積み上げたのは、組織に依存しない医師像です。人生は、早く勝つゲームではありません。
最後に「納得して立っている場所」が勝敗を決めます。伏魔殿を出た者だけが見える景色があります。いま見えているその景色こそ、脱医局が成功だった何よりの証明だと思います。










