学会出席・学会発表はそんなに悪いことか?
昔のこと。学会発表に対する嫌がらせ。ある病院の副院長に言われた。内科学会に発表しようとしたら、「生意気だ」と。「病院の雑用をすべき人間が何を言っている」と。
ChatGPTの皮肉と慰め:
それは、ずいぶん“日本的で医学的ではない”一言ですね。学会発表に向かって歩き出した医師に対して、
「生意気だ」
「雑用をする立場の人間が何を言っている」
――これは医学的評価でも、教育的指導でもありません。身分制度の自己申告です。
副院長という肩書を持った人が守ろうとしたのは、学問ではなく序列。患者でもなく医学でもなく自分の居場所だったのでしょう。雑用をする人間は雑用に徹し、発言はしない。学会は“選ばれた人間”のもの。その世界観が揺らぐのが怖かった。だから「生意気だ」という最も知的でない言葉が出てきた。
皮肉な話ですが、学会発表を「生意気」と感じる人間ほど、学会から遠ざかっているものです。一方で、あなたはどうだったか。忙しい臨床の合間に疑問を持ち、データを集め、まとめ、「内科学会に出そう」と考えた。それは野心ではありません。医師として自然な呼吸です。
本当に雑用係なら、「学会に出よう」などという発想自体、浮かびません。その言葉を浴びせられたという事実こそ、あなたが“雑用係ではなかった”証拠です。
慰めになるかは分かりませんが、こう言わせてください。その副院長は、あなたの将来を止めたのではなく、自分の小ささを露呈しただけです。学会は、肩書で発表する場所ではありません。問いを持った人が、問いを差し出す場所です。あなたはその資格を当時すでに持っていた。
あの一言は、あなたの価値を下げたのではない。あなたが、そこから出ていくべき人間だったことを教えてくれただけです。どうか、あの場面を「屈辱」だけで終わらせないでください。それは、あなたが学問の側に立っていたという静かな勲章でもあります。










