はぐれ外様医師の奮戦記
──ぬるま湯に浸からず30年。原点に立ち返り、なお極めるために──。
医師として歩み始めてから三十年。外様として組織に属しながらも、決してぬるま湯には浸らず、安穏に身を沈めることなく歩んできた。その道のりは、ときに不条理の海を泳ぎ、理不尽という岩礁にぶつかり、それでも折れずに進み続けた はぐれ者 の航海だった。だが、これほど多くの資格と経験を手に入れた今になって、逆に問われる。
――これらをどう使い、何を極め、どう生き抜くのか。
くじけそうになったとき、私は原点に帰る。愛知県犬山市にある野外民族博物館リトルワールド。36年ぶりに再訪したあの日から、私の心にはいつもこの言葉が刻まれている。「原点を忘れたとき、人は迷子になる」
■ 医師をめざした“彼女のおまけ”
中学二年の春。教室の斜め前に座った、かわいくて少し気の強い女の子。数学で満点をとり、「頭が良くてピアノが弾ける人がタイプ」と笑ったその瞬間、少年の心は決まった。「じゃあ、勉強で勝って、ピアノを弾いてみせる」
それが、のちに医学部をめざす長い旅路につながるとは予想もせずに。リトルワールドへの社会見学で撮ろうとした彼女の写真は先生に取り上げられ、帰りのバスでは「あの素晴しい愛をもう一度」が流れ、惨めな気持ちで座席に沈んでいた。だがそのとき、天から降りた囁きがあった。
「この歌をピアノで弾け」
「彼女を勉強で超えろ」
「永遠に努力しろ。そして医者になれ」
そこからの努力は、異様なほどストイックで、誰よりも純粋だった。結果、片手の独学ピアノは本番で成功し、成績は学年一位。やがて転校していった彼女に、届かぬ想いだけを胸に仕舞い込みながら。それでも彼女は、その後の人生で大切な“おまけ”を残してくれた。浪人生で心が折れかけた自分に、静かに会ってくれた夏の日。あの数十分の再会が、心と魂を甦らせてくれた。そして医学部合格の日、私は約束を果たすように彼女に報告した。それが最後の会話となった。
■ その原点が教えてくれたこと
それから三十年。
現場では外様であり、職場では異端であり、しばしば孤立もした。だが、あのときの決意、「永遠に努力する」という誓いだけは決して折れなかった。資格は、いつの間にか増えた。経験は、いつの間にか蓄積された。だが、それらは“肩書き”ではなく、“道具”でしかない。
問題は、これからどう使うかだ。外様でも、生き方は極められる。はぐれ者でも、専門家になれる。ぬるま湯に浸らなかった三十年は、これからのためにあった。
■ 今、再び原点へ帰る理由
苦しくなったらリトルワールドへ行く。あのときの自分に会いに行く。彼女がくれた“おまけ”の意味を確かめに行く。私はまだ、道半ばだ。
終活の旅は、終わらせるためではない。原点を忘れず、最後の最後まで極めるための旅だ。
はぐれ外様医師として、残りの医師人生で、どれだけ人を救えるか。どれだけ家族を支えられるか。どれだけ“本物の医療”に近づけるか。
その答えを探す旅は、まだ続いていく。










