蓮にまつわる昔話を紹介します。山形県の昔話。
~蓮の葉往生(はすのはおうじょう)~
むかし、むかし。
江戸表(えどおもて)に、蓮の葉往生という場所が一時できた。
そこへ行けば、蓮の花の中に入って眠るように死ぬことが出来るというので、町から村へと、村から集落へと伝わってなにがしかの小金を持って、列をなして皆、蓮の葉往生へ行った。
その頃、庶民には暮らしにくい世の中が続いていたらしい。年貢の取り立ては厳しいし、仕事にあぶれた人がいっぱいいたし、家の中では嫁と姑がいさかったり、年寄ってくるとゴクツブシという目で見られて身のおきどころがなくなって、いっそポックリ死にたいっていう人々が大勢いた。
そんなこんなのところへ蓮の花に包まれて眠るように死んでいく。今日も何十人と、明日も何十人と。
大岡越前守(おおおかえちぜんのかみ)が、「これは放っておけん」と、秘かに調べはじめた。
ところが、そこへ行って遠くから見ていると、素晴らしい笛の音や太鼓の乱れ打ちがあったりで、けっこう気うつがとれる。そして、その音曲と蓮の花に包まれて、眠るように死んで行く。お坊さんのお経のよむ声も聞こえている。列に並んで待っている年寄りに訊いてみても、皆が皆、「蓮の花に包まれて死ねるのは嬉しい」と待ち切れないような顔をして言う。
大岡様は自分でもどこがなにして放っておけないのかわからなくなった。
奉行所へ帰って思案していたら、やっぱり得心(納得)しなかった。
ひとつは、自ら命を捨てに来ていること。
ひとつは、蓮の葉往生のあの場所が金を受け取っていること。
ひとつは、蓮の花に包まれたら何故死ねるのか判っていないこと。
「そんな馬鹿な話はない。人が音曲やなにかで眠るがごとく死ぬなんてある訳がない。きっと何かある」
こう思い至って、屈強(くっきょう)な腕利き(うできき)の部下を客に仕立てそこへやった。
その部下が列に並んでいると、次から次と死んでゆく。その度に笛の音がするどく高く鳴り響き、太鼓の音も強く乱打(らんだ)されている。
いよいよその侍の番にきたら、木戸番(きどばん)みたいな案内人みたいなのに、いぶかしがられた。
「そんなに若いのに、何でだ?」
「いやいや、この世に未練は無い。女房には先立たれ、子供も疫病で逝ってしまった。一人ぽっちで世の中、もう面白くない。あの世で女房と子供に会いたい一心でござる」
「ああ、そうか、わかった」
そして、その蓮の花の中に案内してくれた。
蓮の葉や花をこまかく見たけれども、何ひとつあやし気なところがない。
「こんなはずはない」
と思って足元を見たら、下に二寸ぐらいの穴があいていた。
「はてな、ここは臭いぞ」
そこで、隠し持っていた鉄扇(てっせん)を少し広げて穴にかぶせた。
音曲が始まって、そしてその笛の音と太鼓の響きが最高潮になったとき、座っている尻の下でチャリンと音がした。
すぐに身構えて鉄扇をのけると、真っ赤に焼けた槍が穴を突き通して来た。かろうじて身をかわして、鉄扇でその槍の穂先を叩いたら、下から舌打ちする声が聞こえてきた。
蓮の花をこじ開けて出たら、万一、槍が失敗したときの為に囲っていた侍たちが、ばらばらと出てきて、刀を向けてきた。
ところが、大岡様が差し向けた侍のことはある。腕利きの剣術使いだ。そんな三ぴん野郎どもに負けるわけがない。片っ端からねじ伏せて、呼子(よびこ)をピーって吹いた。
そうしたら、御用御用って隠れていた岡っ引(おかっぴき)たちがワラワラ集まって来て、たちまち皆押えられてしまった。
蓮の葉往生なんて、とどのつまり(結局)は、「無理殺し(むりごろし)の銭取り(ぜにとり)目的」だったのだ。
それから、蓮の葉往生なんていうインチキは無くなったという。
朗読をお楽しみください(https://minwanoheya.jp/area/yamagata_047/)
それにしても、今も昔も詐欺行為はなくならないわけだな。蓮もいいように使われたな。