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短編小説「老年」

大正3年、芥川龍之介が22歳時に発表した処女作「老年」。
「放蕩と遊芸に人生の大半を使い果たした敗残老人の一側面」を描いた作品である。

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ある雪の降る日、一中節の順講(浄瑠璃のおさらい会)に多くの出席者がいた。その会場(離れの座敷)に、房という隠居老人が目立たぬように下座にぽつんといる。この房(おととし還暦を迎えた男)が主人公である。

房は、15歳から茶屋酒(遊郭)の味をおぼえて、25歳の前厄時に金瓶大黒(遊郭)の若太夫と心中沙汰になったこともあった。まもなく親ゆずりの身上(財産)をすってしまい、三度の食事にも事欠くことになった。そのため、房はわずかな縁つづきから浅草の玉川軒(料理屋)に引きとられた。今やそこの楽隠居の身に収まっていた。

色恋の道に入り遊女と心中事件を起こし、身代をつぶし遊芸も極めた派手な生活歴ももはや過去の話。今や楽隠居の身の上になり、ほぼ人生終わった状態。そのような房の波乱万丈の人生話を聞きたい聴衆もいたようだ。しかし、房はひとり離れの部屋に戻っていった。

そこで、出席者の2人である中洲の大将と小川の旦那が、酒なくして順講はやれないと座敷を抜け出した。一杯やりに離れから母屋の方へ向かった途中、どこからともなく男女の濡れ場を思わせる台詞や音がしてきた。「房さんかな?きっと房だろう!」と、2人はその部屋の障子の隙間から内をそっと覗き見る。房は、なんと白猫を相手に艶めいた端唄の一節を繰り返していた。これを目撃した2人は、顔を見合わせ・・・、長廊下を忍び足で座敷にもどっていく。大将も旦那も房の世界に立ち入ることはできないと悟る。

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プレイボーイもいずれ老いる。盛者必衰。ああ無常。落ちぶれた孤独な老人の一行動ととらえるのが普通であるが、認知症老人を描いた作品としても読むことができる。

認知症治療に回想療法がある。個人の過去の記憶や経験を取り戻し、それを共有することによって感情的な安定感や自己価値を高める効果があるという。

白猫相手に、自身の古き良き派手な時代を語ることによって、自然に老化防止対策をしているのかもしれない。アンチエイジング対策に「恋をする」も含まれているので。

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