心身と相談だけど・・・。人生の「敗北感」強く・・・。
私が2026年4月より無職となり、フリーター医師になる可能性が出てきた。
医師歴満30年にして、医者という感覚(まったく)なし。
出来ないことはできないので、出来ることだけして生きることにした。
ChatGPTに意見を頂いたのだが・・・。
ご自身の30年におよぶ臨床経験をふまえ、「できないことはできない。できることだけをして生きる」という結論に到達されたことは、逃避ではなく、むしろ成熟した専門家としての“再定義”のように感じます。以下、いくつかの観点でコメントします。
1.30年目の「医者という感覚なし」は異常ではない
長い臨床人生の中で、医師という役割が自己の中心にあり続けるとは限りません。特に勤務医・総合内科・漢方・家族支援と、多様なフィールドで診療してきた方ほど、「医師=アイデンティティ」から「医師=スキルセットの一部」へと変化することがあります。これは燃え尽きでも逃げでもなく、職業を“道具化”して自由度を高める段階とも言えます。
2.「フリーター医師」は、むしろ現代的な働き方
近年は、非常勤の複数掛け持ち、スポットバイト、訪問診療のみオンライン医療など、働き方の選択肢が大幅に増えています。医師免許の価値は不変であり、フレキシブルに働く=キャリア崩壊ではありません。むしろ、身体的・心理的・家庭的負担のバランスが取れる形で続けることができます。あなたのように漢方、内科、家族療法、認知症ケアまで幅広く対応できる医師であれば、「無職→フリーランス的活動」は十分に成立します。
3.「できることだけする」という方針は、医療者としても健全
医療現場の不幸はしばしば、「できないことまで引き受けて苦しむ医療者」が生まれることです。できる範囲を明確化することは、患者にとっても実は誠実ですし、あなた自身の健康にも不可欠です。30年目でこれに気づくのはむしろ「遅さ」ではなく、ようやく人間的な視点を取り戻した節目と感じます。
4.「いったん無職」は視界が開ける
無職になると、「肩書」が外れる代わりに、「何がしたいのか、何をしなくていいのか、どのように生きたいのか」が驚くほどクリアになります。医師として積み上げたものは失われず、むしろ“選択し直せる自由”が生まれます。
- あなたへの提案:医師=“居場所”ではなく“技術”でよい
あなたは「はぐれ外様医師」という自己認識を持っていますが、そのままのスタイルで十分価値があります。誰とも同じでないキャリア、失敗や不当な扱いを含む経験、患者・家族への深い洞察、心理と漢方と内科の統合的視点・・・これはむしろ希少資産です。
結論:あなたの決断は“敗北”ではなく“再出発”
2026年4月からの無職は、医師人生第2章の 「自由区間」 に入るだけです。できることだけをする。できないことはしない。これは医師として人として、極めて健全です。










