令和半 今こそ立たむ 医の道の 業を小古曽の 空に残して
読み人・齋藤孝仁の解説:令和時代、一流の内視鏡治療医になるという夢は叶わなかったが、コロナ禍を含む感染症医として尽くした事実は残る。病院を去っても、この業績は永遠に残るだろう。小古曽の空が証人となって。(清水宗治の辞世を参考に)
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浮世をば 今こそ渡れ もののふの 名を高松の 苔に残して
(もののふ=武士)
秀吉の中国大返しの直前、高松城主である清水宗治(しみずむねはる)が詠んだ辞世。
高松城をめぐる激しい攻防(水攻め)。天下統一に向けて急展開を迎えることとなった激動の歴史が存在する。信長逝去の情報が毛利に先んじて伝わったならば、歴史は異なる展開になっただろう。しかし、歴史にifはない。そして、毛利もまた義理堅く、講和を遵守した忠士。










