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藤堂高虎(1556〜1630)と伊賀上野城

 慶長13年(西暦1608年)、徳川家康は、伊予の国(現在の愛媛県)宇和島城主であった藤堂高虎に、伊賀の国10万石、伊勢の内10万石および伊予の内2万石(合わせて22万石)を与え、国替えさせた。

 家康の信任が厚い高虎。築城の名手であり、大坂・豊臣方との決戦に備えるための築城という。

 慶長16年(1611年)、本丸を西に拡張して、高さ約30メートルの高石垣をめぐらして南を大手とした。ところが、五層の天守閣は建設中の慶長17年(1612年)、大暴風(台風)で倒壊したが、外郭には10棟の櫓(二重櫓2棟、一重櫓8棟)と長さ21間(約40メートル)の巨大な渡櫓をのせた東西の両大手門や御殿などが建設された。

 慶長19年(1614年)の大坂冬の陣、翌1615年の夏の陣で豊臣方が敗れた後、幕府は城普請を禁じたため、天守閣が再建されない状態に。それでも伊賀国の城として認められ、城代家老が藩政を行った。幕末まで国替えなく、この地を治めた。

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